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空蝉


それはまるで秋の始まりのような
夏の始まりだった

流れゆく夕風に乗って
昔 仕事通いで毎夕歩いた路地を通る
あの日死ぬほど焦がれた人へ
忘れかけた想いが突然はじけそうになる

太陽の高さの下で小さくなって
子どもの頃通った図書館へ向かう
閉鎖された門の前で立ちつくし
明かりの消えた館内を ひとり心で歩いてみる

青い草いきれで胸をいっぱいにして
年老いた祖母に会いにゆく
祖母のいた山のにおいはもう遠く
年を重ね半透明になった祖母の顔は 美しく白い

白茶けたひかりの雲母が漂う午後
小さなふたりの子どもの手をひいて
あの日駆けた道のりを 今はゆっくりと進む
子どもの歩調の傍らで
街路樹の足元いっぱいに
蝉の脱殻が落ちていた
雲母にまみれ きらきらと光るのは
脱殻か それともひかりか蝉の声

今年は少し 去年とは違う
暮れゆくような 夏の影