七夕(しちせき)


 じりじりする夕凪の中で、私はあの人を待っていた。
 団扇の風が、少しだけ夏を遠ざけてくれる。止まったきりの風鈴に、私たちも何度立ち止まってきただろうと、今迄の哀しみ数えて、梅雨の駆け抜けたあとの静けさに身を任す。
遠い遠いまちから帰ったばかりで、自分が変わり果てていることさえ知らない。かなしい時間を、縁に置いた精密機械で数える。過ぎる・過ぎる・通り過ぎてゆく。――ひい・ふう・みい・・・・・。
 誰かが紙風船で遊んでる。―違う―あずきだ―お手玉。
 規則正しくないその音を、懐かしいと思える・・・・・?いいえ、私はまちの規則正しい時間の切り捨て方に慣れ過ぎてしまった。――かなしい時間。又少しずつ――流れる・流れる・押し流されてゆく。――よう、いつ、むう・・・・・。
 塀の向う側で、子供の声がする。じゃんけんに負けた鬼が、ぱたぱたと、仲間の歓声の後を追いかける。―あとには、影も残らない。
 昔、よくあの人とあんな風にして遊んだ。私はいつも、一番に見つかった。その度に何か風船がしぼんでしまった様な気がして、――二度目の鬼は、いつも泣いていた。あれから、持て余す程の時間が過ぎて・過ぎて・過ぎて、数えきれない位の季節が流れて・流れて・流れて・・・・・。
 そして今という時間が又――過ぎる・過ぎる・通り過ぎていく。余韻だけ残して、――なな・やあ・ここ・・・・・。
 ――ゆらゆら流される様な不思議な感覚のあと、―けたたましい電話のベルに、突然揺り起こされた。

 ―――その日の夜―又独りきり縁でゆうらゆうら―悲しい時間が、流れる・流れる・押し流されていく。振り出しに戻って、――ひい・ふう・みい・・・・・。――いつの間に、とおだけ過ぎていた。いつだって、そうだった。
知らないうちに、見ないうちに、逢えないうちに、何もかも私の前から去っていく。逝ってしまう。――かなしい時間。

 地上と星空じゃ、かささぎは橋をかけてくれない。
 珍しく、今日は晴れた星祭り――そこには、織女星ヴェガと、デネブと、そしてまぎれもないあの人が、夏の大三角形を描いて、輝いていた。




                             (1984.6.18 , SUN)



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