<< 風待ち日記TOP
<< Home




人生の真実  4/28

昭和初期に坪田譲治が書いたある文章に、
「童話のホンタウから人生のホンタウを読み取って…」という言葉があった。
現実に照らしてどうかというのではなく、
そこに現れている人生の真実を見つけてほしい、という意図の文章だった。

先月あの山を訪ねて以来、自分の中に落ちてくる気づきが多くあり、
それらが強い実感を伴って、心身に迫ってくる。
生命を支える根幹の部分が抜け落ちている感覚、
それでいて、その上に生えている部分だけが大きく広がりすぎている感覚。
生きるのに必要のないものをあまりに持ちすぎているという感覚。
いのちに限りがあること、それもまっ平らな道ではないこと。
無意識に呼吸し、鼓動し、身体が動くことは、奇跡だということ。
どれもこれも言葉では言い尽くされたことばかりなのに、
感覚で腑に落ちると、そこから畏怖や感謝の念が湧いてくる。

半年前に感じた「今やっていることは本分ではない」という感覚を思い出し、
すべての動きを止めて、今一度、立ち返り、振り返る。
わたしの人生の真実はどこにあるのか。
それを再認識できれば、他の何ものもいらないのではないか。
残された持ち時間、体力、なせることの量、を思う時、
それらを捧げる意味は、その中にこそあると。



『臨床の砦』読了  4/27

朝刊を見ていた大きい坊ちゃんが、
「夏川草介さんの新刊出てるで。」と、広告を見つけて教えてくれました。


坊ちゃんも『神様のカルテ』シリーズのファンなので、
目に留まったのでしょう。
前作から半年で新刊とは!と驚きつつ、
緊急出版・医療現場のドキュメント小説という見出しにひかれて、
これは読まねば!と、書店に走りました。


一読して驚いたのは、作者と主人公の、一貫して冷静な視点です。
行政の緩慢な動きやマスコミの報道の偏り、
医療機関同士の情報秘匿、協力体制の未構築、
感染施設や医療従事者への誹謗中傷・差別など、
負の状況が生みだす苛立ち、焦り、憤り、諦め…負の感情を、
登場人物がそれぞれの立場で感じ、背負っている。
コロナ医療の最前線に立ち、翻弄される一人でありながら、
主人公はそれらの反応全てを冷静に見つめ、
作者の目がそれを俯瞰している。

負の感情は容易に周囲に伝染し、すぐにクラスター化すること、
つまり対処法はウイルスと同じと心得て、そこから黙って距離を置き、
与えられた選択肢の中で黙々と最善を尽くす。
けれど主人公もまた、自らの負の感情に呑まれ、爆発する瞬間がある。
そんな苛烈な状況下にわずかな救いを光らせつつ、物語は進んでいく。
わたしの知り得ない厳しい現実の世界が、
そのまま目の前に立ちあがり、流れてゆく。

目の奥に広がる北アルプスの風景と空、
夏川さんらしい、希望の垣間見える読後感がただ、救いでした。
作品中に出てくる"相模原論文"が現存することも知り、
一部をインターネット上で読むことも叶いました。
どの立場も、意見も、感情も、決して否定しない。
譲れない矜持だけは守りながら、どこにもない正解を探り、
今できる最善を尽くす。
コロナ医療の現実の厳しさを知るとともに、
主人公の生き方、こころの在り方に我が身を省みた、そんな一冊でした。



花だより 2  4/23

通りがかりの春。

このあたりでは珍しいライラックの木が、近所の建物の敷地に植えられています。
毎年花を楽しみにしていて、咲くと香りをかぎに(笑)行くのですが。。
その足もとに咲いている小さな花が、馬酔木だったとは!!
先月、あの神社で教えてもらうまで、知りませんでした。


また、とある日。
通った道路の両側でツツジが見事に咲き誇り、
まさに花道となっていて、信号待ちで窓を開けて、
助手席から撮りました。(運転はオットー)
ふだんのツツジは、何食わぬ顔で歩道の柵の代わりをしているのに、
この季節ばかりは、こんなに美しい花をびっしりつけて、
わたしの目を楽しませ、気持ちを明るくしてくれるのです。
子どもの頃、よく電話帳で押し花にしたなあ。
電話帳の中から、黄ばんだツツジの花がよく出てきたことを、
ふと思い出しました。



花だより  4/14

我が家の白い花シリーズ。


コデマリ・ジャスミン・カモミール・ブルーベリー。
冬のあいだ、枝だけだったコデマリは、往来の妨げになっていました。(笑)
繊細なつぼみがつきはじめてからは、
「あの枝に当たらないように!」と家族みんなに注意喚起。
コデマリとブルーベリーの花には、ハチドリが蜜を求めてやってきます。
カモミールはスイセンの花のあと、足もとからすくすくと伸びて咲きました。
-5℃の寒気にさらされ、新芽をやられたジャスミン、今年は花が少なめです。

つづいて彩りシリーズ。


レモンゼラニウムとパンジー "スイートラブ"・"ムーンライト"・"ノーブル"。
パンジーは気温や日差し、風雨の影響で微妙に色が変わるのですが、
文字どおり、今が盛りと咲き乱れています。
この美しいグラデーションが大好きで、毎年、
このシリーズの苗をいくつかは買ってしまうのです。
レモンゼラニウムはつつましく、新梢にぽっとピンクの花がつきます。
タイムも咲きはじめ、ミントとレモンバーム、レモンバーベナは、新しい葉を広げています。
気づけば、密かな(?)レモン好き、小学生の頃から変わらず。(笑)

レモンつながりで…おまけ。

2月からずっとずっと焼こうと思っていた、
「レモンアイシングケーキ」を、やっと焼くことができました。
年末に畑で買った、蒲郡のレモンを使って。
恒例・誕生日シフォン以外の焼き菓子を作ったのは、
何年ぶりのことでしょう。。




再会 その2  4/3

何のめぐりあわせか…
わたしに続いて、大切な友達に7年ぶりに再会した大きい坊ちゃん。
それは、あの大切な、懐かしい「心の友」でした。

2012/8/10の日記で偶然出会ったり、
2012/9/5の日記や、11/16の日記や、に登場してくれて、
驚きや、笑いをたくさん、提供してくれた彼でした。
2013/3/20・23の日記にあったように、
お父さんの転勤で、外国へ行ってしまった彼。
その1年後の一時帰国時に会って以来7年間、
年賀状のやりとりが、途切れつつもなんとかつながっていた状態でした。

それでもどうやら、メールアドレスが伝わっていたらしく、
それを頼りにどうにか、連絡が取れたようで…
近況はお互い、まったく交換しないままに、
成人して初めての再会が叶ったというわけなのでした。

いつも遊んだ、懐かしい公園で待ち合わせをして、
7年空いたとは思えないほど、普通に出会ったらしい。(笑)
そして、小学校から中学校をめぐり、町じゅうを歩いて…
うちにも立ち寄ってくれて、あいさつしてくれて、嬉しかった。
現在は国内在住となり、地元の大学に通っているそう。
坊ちゃんも本当に楽しそうに、嬉しそうに、
「今から、桜坂行ってくるわ!」と、また出かけてゆきました。
その後は、坊ちゃんの高校や思い出の天文ドームを外から案内して、
市街地にも出て、一緒に歩きながら、たくさん話をしたそうです。(足が痛い!と 笑)
そして、二人で初めて、お酒を飲んで乾杯もした、と。。
大きい坊ちゃんは成人式に行かなかったので、
(その話を彼にしたら、「僕も行っていないです」と…)
あの頃の大切な親友とふたりで、ようやく成人式をしたんだなあと、
そんなことを思い、聞いていて胸がいっぱいになりました。
ずっと忘れないでいてくれて、本当にありがとう。
子どもの頃は遠方を自由に行き来はできなかったけれど、
これからは大人同士のおつきあいだから、いつでも連絡が取れるね。
どうか、これからもずっと、坊ちゃんの心の友でいてください。
そしてお互いに、支えあっていけたらいいね。



花筏  4/1

小さい坊ちゃんが送ってきてくれた写真。


下宿の近くの川で花筏が見られるというので、
下宿に戻った日の夕方、早速行ってみたら、筏どころか。(笑)
ぎゅうぎゅうづめだったらしい。
流れる動画送ってと頼んだ返事が、
「撮っても静画になる。」
「???」
「花びらがぎゅうぎゅうづめで1ミリも動かない。」ですと。
・・・・・。


・・・これは、すごいわ。